データの仕事は、自分にとって天職だろうか、とときどき考えます。
向いていることは感じます。比較的得意なことと市場のニーズが重なっていて、ありがたい仕事です。それでも、天職かと言われると、違う気がする。向いているのに、天職ではない。今回はその点について考えたことを書きたいと思います。
仕事に自分の価値を置きすぎた頃
新卒の頃、次のように考えていました。週の中で一番多くの時間を使うのは仕事なのだから、その時間を、ただお金を稼ぐためにいやいや過ごす時間ではなく、自分にとって充実した価値あるものにすべきだ。
いまでも、この考え自体は間違っていないと思います。ただ、当時の私はここから打ち込みすぎました。仕事で成果を出すこと、そこで認められることに自分の価値を置きすぎて、あるとき体調を崩し、しばらく働けなくなりました。
打ち込める仕事があることは、傍から見れば恵まれた状態です。実際、当時の私も充実しているつもりでした。それでも、崩れるときは崩れます。
情熱には2種類あるという研究
後になって、大学院で心理学を学ぶなかで、この経験に名前がつきました。
心理学には、情熱の二元モデルという考え方があります(Vallerand et al., 2003)。同じように打ち込んでいても、情熱には2種類ある。活動が自分の生活と調和していて、やめようと思えばやめられる「調和的情熱」と、やらないと落ち着かず、コントロールが効かなくなっている「強迫的情熱」です。
天職の研究でも、似たことが言われています。Choi et al. (2020) は、仕事を天職だと感じている人が、健やかな没頭に向かうかワーカホリズムに向かうかは、どちらの情熱を経由するかで分かれることを示しました。天職感そのものは、良い働き方も悪い働き方も導く。この論文のタイトルには「諸刃の剣(Double-Edged Sword)」という言葉が入っています。
もうひとつ、個人的に刺さった研究があります。Lalande et al. (2017) は、打ち込んでいる活動の「外」で心理的な欲求が満たされていない人ほど、強迫的情熱に向かいやすいことを示しました。打ち込みが、他で満たされないものの埋め合わせになっている場合がある、ということです。新卒の頃の私は、たぶんこれでした。仕事の外に、自分の価値を感じられる場所がほとんどなかったのです。
自分の中だけでは完結できないから、分散する
では考え方をどう変えたのか、と言えるほど単純な話ではないのですが、いま落ち着いている考えはこうです。
まず人は社会的な生き物なので、自分の中だけで自己価値の感覚を完結させることはできない。誰かに認められたい気持ちを、なくすことはできない。だとすると、できるのは、その置き場所を一つに集中させないことです。一つの領域に自分の価値を預けきってしまうと、そこが揺れたときに、全部が揺れます。
いまの私は、データの仕事のほかに、研究と、相談員のボランティアと、アプリの個人開発をしています。こちらは、得意だから・ニーズがあるからというより、自分が経験してきたことから生じた問題意識で続けている活動です。冒頭の「向いているのに天職ではない」の差は、たぶんここにあります。私にとって天職という言葉は、うまくできるかどうかより、自分固有の問題意識に根ざしているかどうかの話のようです。
とはいえ、それらも、単体で「これが天職だ」と言えるほどのものではありません。ただ、それぞれから得られるものが違っていて、単体では得られないものを補い合っていて、強いて言うならそれがトータルで天職を構成している。いまはそんな見方をしています。
天職を探すこと自体を否定するつもりはありません。ただ、見つからないことを欠落のように感じる必要はない、というのがいまの実感です。一つの仕事が全部をくれなくても、いくつかの活動が少しずつくれるもので、案外やっていける。私の場合はいまのところ、それで足りています。
参考
- Vallerand, R. J., et al. (2003). Les passions de l’âme: On obsessive and harmonious passion. Journal of Personality and Social Psychology, 85(4), 756–767.
- Choi, Y. E., et al. (2020). The Double-Edged Sword of a Calling: The Mediating Role of Harmonious and Obsessive Passions in the Relationship between a Calling, Workaholism, and Work Engagement. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(18), 6724.
- Lalande, D., et al. (2017). Obsessive passion: A compensatory response to unsatisfied needs. Journal of Personality, 85(2), 163–178.